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厚木歴史散歩3(睦合地区を歩く) 2017年12月02日(土)日帰り |
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初冬の青空に紅葉の景色が広がる厚木市睦合地区妻田・三田・棚沢の旧3ヶ村に点在する寺社・旧跡を巡り、郷土の歴史を学ぶ |
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最初の訪問先は妻田東、反田集落の中ほど、中津川西岸に位置する浄土宗西福寺。本尊は木造阿弥陀如来座像で天正18年(1590年)創設。境内には幼年期と得度後の法然上人像があり,紅葉が美しい。ガイド役のCLのレクチャ−を受けながらの郷土史蹟巡りがスタ−トした。 |
反田交差点付近に残る高さ約40cmの六体地蔵石像。かって板東33番札所の飯山観音と星谷観音を結ぶ順礼道であったこの小径に、飯山山村の安住金左衛門が1713年に祀った6体の地蔵尊の一つだという。 |
中津川支流の蟹淵川の流れ約800mを利用して作られた親水公園「三田せせらぎの小道」を約12分辿って、妻田から三田に向かう。夏にはホタルも舞う清流に沿って、メタセコイア、マンサク、ジンチョウゲ、芝桜などが植えられた小道を落ち葉を踏みながら気持ちよく歩いた。 |
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せせらぎの小道を抜けると、中津川西岸の広大な田園地帯に出る。稲刈りの済んだ田んぼは一面黄金色の絨毯で、付近には人家も電柱も見当たらない。これからの時季、この付近は、大勢の凧揚げ愛好家で賑わい、大空に沢山の凧が舞うという。 |
中三田東集落内の里道脇にセイノカミと呼ばれる古い道祖神と五輪塔・宝篋印塔に混じり、真新しい双体道祖神(昭和55年建立)の10基ほどの石像が祀られているが、古い石像は風化・損傷が激しく建立年等は分からないという。 |
清源院参道口にある高さ2m超の石憧六地蔵。6面の憧身に地蔵立像が刻まれているが、風化が激しく、台座に刻まれている銘文も判読不能で、建立年代は不明であるが、相当古いもののようだ。 |
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急な石段を登り、一対の仁王像に護られた山門を潜ると、立木に囲まれた曹洞宗清源院がある。平安時代末期創建の古刹で、この地に移住した伊豆の豪族伊東祐親の子孫が、伊豆にあった寺をこの地に移して菩提寺にしたといい、江戸時代以降曹洞宗中本山として栄えた。 |
清源院墓地で見つけた駒澤大学大学初代学長「晦厳顕高大和尚示寂」の墓碑。清源院の34世住職が駒澤大学初代学長だったことを初めて知ってみんな ビックリ! |
応神天皇と神功皇后を祭~とする、旧三田村鎮守「八幡神社」に参拝。境内の児童館にお勤めのTTCメンバからお菓子の差し入れを受け、至近の公民館で、トイレをお借りして小休憩した際、みんなで美味しくいただいた。 |
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旧三田小学校跡地に立つ睦合北公民館玄関右の「井上篤太郎翁寿碑」を見学し、翁の業績を学ぶ。1859年この地で生まれた井上翁は、自由民権運動に参加し、衆議院議員や京王電鉄社長を務めた名士。私財を投じて三田小学校や才戸橋の建設に尽力したという。 |
3分歩いた先の鍛冶屋坂付近にある「鍛冶浦地蔵尊」に参拝。もともと鍛冶屋坂地内に鎮座していたが、私有地のため、平成4年にこの地にお移り頂いたという。もともと板金工場内に有り、鍛冶屋を守護する神様だという。 |
荻野台地崖下の沖積地の三田十軒村集落内に残る全高約1.5mの宝篋印塔を中心に11基の宝篋印塔と五輪塔が並ぶ中世石造遺跡を見学。南北朝末期から室町時代の遺跡と考えられ、鎌倉幕府の重臣で、三田を治めていた安達藤九郎盛長の墓(1200年没)とされている。 |
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上三田ナカモリ集落内のセイノカミと呼ばれている道祖神を見学。自然石の中央に「道祖神」の文字がはっきり刻まれ、寛政4年(1752年)に建立されたもので、自然石の石造物としては最古級。両脇に宝篋印塔の笠部と基礎部が、前面には石臼が置かれている。 |
三田聖眼寺参道入口に立つ嘉永4年(1851年)建立の銘がある門標。石柱には「当国二十七番観音寺」、「足利尊氏公古廟所」の刻字がある。 |
旧三田村荻野台地崖際に建つ古儀真言宗「聖眼寺」観音堂(1805年築)。本尊は不動明王、堂内に祀られる千手観音を収める須弥壇背面に永正17年(1520年)の墨書がある。観音堂の左手にあった本堂と庫裏は、明治初期の廃仏毀釈で取り壊されたという。 |
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昼食後は棚沢地区の史蹟探索。最初に訪れたのは、西の山側の棚沢旧集落に通じる三叉路角に建つ高さ1m超の大きな自然石の道祖神。「八衢三楹大神」との祭神名が刻まれた道祖神は他に例がないという。明治 36年棚沢鎮守皇大神社の神主が建立したものという。 |
民家の庭先に残る棚沢八ヶ畠古墳.を見学。1934年に神奈川県が実施した遺跡調査で、旧棚沢村内に9基の古墳が確認されており、その時7基あった八ヶ畠古墳のうち現存するのは4基。見学した古墳は、その中で最大規模の直径9mx高さ2.5mの円墳で、保存状態は良好なようだ。 |
鳶尾山東麓に鎮座する旧棚沢村鎮守の皇大神社に参拝し、その謂れについて学んだ。祭~は天照大神で、創建は元亀3年(1572年)。本殿裏の幹周り12mの椎のご神木は宝暦10年(1760年)の大風で倒れ、枯死した旨古文書に記載されているそうだが、ご神木の幹はまだしっかり立ち、その周りに子孫の椎がたくましく成長していた。 |
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常昌院参道を登っていくと、風雨にさらされた多数の古い地蔵石仏群が並んでいる。その中に、「南無地蔵大菩薩」と寛文13年 (1673年)建立と刻まれた一際大きい石祠があり、祠内に合掌する地蔵が安置されている。また、地蔵群の中に、車輪状の輪廻石の上に地蔵座像が載った珍しい「車地蔵」 (1810年建立)の姿も確認できた。 |
棚沢の名刹「曹洞宗常昌院」境内で参加者全員での記念撮影。本日の「ゆった〜り山行」の参加者は男性6名/女性7名の13名。TTCにはシニアメンバが中心に計画・運営している「ゆった〜り山行」が毎月1回実施されている。今年は熊野古道、乗鞍岳紅葉、霧ヶ峰や池の平湿原フラワ-トレッキング,七福神巡り、歴史散歩、近郊の日帰り山行等が実施された。 |
常昌院の立派な本堂は昨年完成したばかりで、整備工事が進められている。境内には大きな蓮池があり、「東国花の寺百ヶ寺(神奈県15ヶ寺の13番)」に選ばれている。この日、住職のご厚意により、本殿内に案内され、運慶作と伝えられる本尊の釈迦如来立像を拝し、当院第22世住職が読経される中、TTCメンバ13名、有り難くお参りさせて頂いた。 |
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常昌院裏庭の大池に7−8月に一斉に大輪の花を咲かせる蓮の花は、東国花の寺百ヶ寺に選ばれるほど見事だそうだが、この時期、,境内を錦秋に染める紅葉の美しさも実に見事!紅葉を堪能しながら、右手の尾根上に祀られている「奥の院」に向かった。ちなみに、春にはカタクリの群生が一斉に花を咲かせ、5月には境内で音楽祭が催される。 |
急登約20分で到着した常昌院奥の院。鳥居を潜ると、左側に「南無山上大権現」と刻まれた大きな石碑、中央には猿の石像が収められた「サンノ−サン」と呼ばれる石祠が祀られている。 |
鳶尾山(234.7m)に向かって稜線を辿ると、大展望が開け、厚木の町並の先に、相武台地と相模湾が一望できた。奥の院から15分ほど登った「金毘羅神社跡」で解散。11名が鳶尾山頂を経由、2名がここから下山した。本日の秋晴れの中の歴史散歩は、ここまで歩行数約15000歩、行動時間約5.5時間とほどよい疲れと充実感の中でフニッシュとなった。 |
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